茨城県稲敷郡阿見町竹来に鎮座する阿彌神社のご紹介です。
創建は推古天皇の御代六百七年。延喜式神名帳に記された式内社、常陸國信太郡阿彌神社の論社でもあります。
御祭神は武甕槌命で、経津主命と天児屋根命を配祀しています。
また、常陸國風土記によると、この竹来は普都大神(ふつのおおかみ)の降臨の地とされています。と言う事は、この普都大神は主祭神の武甕槌命の事になるのかな?でも、普都は経津主命の'ふつ'に通じますよね。と言う事は普都大神は経津主命でしょうか?だとすると、主祭神はどうして武甕槌命?と思ってしまいますね(^_^;)
さて、神社です。道からちょっと奥まった所に鳥居が有りますが、周囲は鬱蒼と言う言葉がこれほどピッタリくる場所は無いんじゃないかという樹叢に囲まれ、外からは中の様子が見えない程です。
この樹叢は、阿弥神社樹叢として阿見町の天然記念物に指定されています。
社号標には「縣社 延喜式内 二宮阿弥神社」と書かれています。中世には「二の宮明神」と呼ばれ、阿弥神社と改めたのは近世になってからのようです。
因みに二の宮は、信太郡の二宮という意味で、同じ信太郡の式内社、楯縫神社が一宮になるようです。
木々の生い茂る山道を抜けると広い境内に出ます。平日の午前中と言うこともあって、深い木々に抱かれた此処は本当に静かで、風が木を揺らす音だけがよく響きます
神楽殿でしょうか?
随分低い位置に狛犬がありました。
神紋は「左三つ巴」です。
扁額です。
拝殿です。
本殿は大きくてとても立派です。本殿には元禄四年(1691)の棟札が有るようです。
境内には立派な杉の木が幾本もありますが、これは本殿後方に聳え立つひときわ立派な杉の木です。
今回は阿見町の中心部に有るもう一つの阿弥神社には寄れませんでしたので、どちらが式内社の阿弥神社なのかは何とも言えませんが、式内社であるとかを別にして、十分過ぎるほどの歴史と魅力が感じられました。あまりそういうところに拘らずに参拝して頂くと良いと思います。
参拝が終わって御朱印を頂こうとしましたが、現在は御朱印を書いていないということでした、残念(´・_・`)歴史ある古社なので、とても残念でした(^_^;)
2012年7月2日月曜日
磯部稲村神社(桜川市)
茨城県桜川市磯部に鎮座する磯部稲村神社のご紹介です。
景行天皇四十年(西暦111)十月、日本武尊、伊勢神宮の荒祭宮である磯宮をこの地へ移祀したのが始まりとされています。
御祭神は天照坐皇大御神荒御魂、栲幡千々姫命、天手力雄命、瀬織津姫命、木花咲耶姫命、天太玉命、玉依姫命、玉柱屋姫命、天鈿女命、倭姫命、天児屋根命、日本武尊、豊受大神十三柱になります。いっぱいいらっしゃって賑やかですねo(^▽^)o
またこちらの神社は謡曲「桜川」の舞台の地であり、古来より桜の名勝として名高く、「西の吉野、東の桜川」と並び称され、紀貫之を始めとする様々な歌人が達が歌を残してもいます。
江戸時代、徳川光圀公が水戸城内や千波湖に注ぐ小川のほとりに桜川の桜の苗木を植え、これが水戸駅近くを流れる桜川の所以になり、その他にも徳川家光、吉宗、家重の時代にも江戸表に桜の名所を作るために山桜の苗木を移植したそうです。今の皇居や新宿御苑、上野公園、小金井公園などだそうです。
十一種類もの山桜の咲き誇る桜川は、大正十三年十二月九日に国指定名勝「櫻川」に、昭和四十九年七月十六日には国指定天然記念物「桜川のサクラ」に指定されました。神社名も「櫻川磯部稲村神社」と呼ぶことも多いようです。
さて、神社です。国道50号線から横道に入り件の桜川磯部公園を抜けると神社が見えます。桜のシーズンには物凄い花見客が来るそうですが、参拝時はとても静かで落ち着いた空間と言ったところでしょうか。
鳥居を抜けた境内にも天然記念物である十一種類の山桜が見れます。きっと、春には美しい境内が広がるんでしょうねo(^▽^)o
でも、梅雨時の境内も静かで、そして生命に溢れてる感じがして、十分楽しめますよ( ´ ▽ ` )ノ
扁額です。
神紋は「左三つ巴」です
拝殿です。
最初は気づかなかったですが、懸魚はただの文様ではなくて、獅子の顔でした(゚o゚
本殿です。立派な彫刻が本殿を飾ります
こちらの神社は前述の通り、桜の名所として様々な歌人達の歌のモチーフとなっています。それは現在も受け継がれ、本殿の玉垣には奉納された俳句や短歌の書かれた短冊が掲示されています。中々に壮観です( ´ ▽ ` )ノ
また、サクラの名所であるからでしょう、試験の合格関係の物も良く見られます。こちらは合格パワーストーンだそうです。
写真は撮りませんでしたが、隣には大きな掲示板いっぱいに、受験生の合格祈願の絵馬がありました!無論、世界征服などと書かれたものもありましたが(´Д` )
こちらの神社には「要石」もありました。謂われを見ると、鹿島神宮の要石と陰陽を為し云々、鹿島神宮の石が大鯰の頭を抑え、此方のが尾を抑えているそうです。要石と言うと、有名なのは鹿島神宮と香取神宮のものですが、こちらの神社にもあったのですね。形は香取神宮のものと一緒で凸型です。
此方は以前参拝した鹿島神宮の要石(上)と、香取神宮の要石(下)
参拝を終え、御朱印をいただきに社務所へ。此方の宮司さんは、鴨大神御子神主玉神社も兼務しており、そちらの御朱印も頂きたい旨を伝えると、快く書いて頂けました。ただ、あらかじめ言っていなかったので、御朱印を取りに自宅へご足労願ってしまいました(^_^;)
今度は是非とも山桜の咲き誇る季節に伺いたいと思います!
景行天皇四十年(西暦111)十月、日本武尊、伊勢神宮の荒祭宮である磯宮をこの地へ移祀したのが始まりとされています。
御祭神は天照坐皇大御神荒御魂、栲幡千々姫命、天手力雄命、瀬織津姫命、木花咲耶姫命、天太玉命、玉依姫命、玉柱屋姫命、天鈿女命、倭姫命、天児屋根命、日本武尊、豊受大神十三柱になります。いっぱいいらっしゃって賑やかですねo(^▽^)o
またこちらの神社は謡曲「桜川」の舞台の地であり、古来より桜の名勝として名高く、「西の吉野、東の桜川」と並び称され、紀貫之を始めとする様々な歌人が達が歌を残してもいます。
江戸時代、徳川光圀公が水戸城内や千波湖に注ぐ小川のほとりに桜川の桜の苗木を植え、これが水戸駅近くを流れる桜川の所以になり、その他にも徳川家光、吉宗、家重の時代にも江戸表に桜の名所を作るために山桜の苗木を移植したそうです。今の皇居や新宿御苑、上野公園、小金井公園などだそうです。
十一種類もの山桜の咲き誇る桜川は、大正十三年十二月九日に国指定名勝「櫻川」に、昭和四十九年七月十六日には国指定天然記念物「桜川のサクラ」に指定されました。神社名も「櫻川磯部稲村神社」と呼ぶことも多いようです。
さて、神社です。国道50号線から横道に入り件の桜川磯部公園を抜けると神社が見えます。桜のシーズンには物凄い花見客が来るそうですが、参拝時はとても静かで落ち着いた空間と言ったところでしょうか。
鳥居を抜けた境内にも天然記念物である十一種類の山桜が見れます。きっと、春には美しい境内が広がるんでしょうねo(^▽^)o
でも、梅雨時の境内も静かで、そして生命に溢れてる感じがして、十分楽しめますよ( ´ ▽ ` )ノ
扁額です。
神紋は「左三つ巴」です
拝殿です。
最初は気づかなかったですが、懸魚はただの文様ではなくて、獅子の顔でした(゚o゚
本殿です。立派な彫刻が本殿を飾ります
こちらの神社は前述の通り、桜の名所として様々な歌人達の歌のモチーフとなっています。それは現在も受け継がれ、本殿の玉垣には奉納された俳句や短歌の書かれた短冊が掲示されています。中々に壮観です( ´ ▽ ` )ノ
また、サクラの名所であるからでしょう、試験の合格関係の物も良く見られます。こちらは合格パワーストーンだそうです。
写真は撮りませんでしたが、隣には大きな掲示板いっぱいに、受験生の合格祈願の絵馬がありました!無論、世界征服などと書かれたものもありましたが(´Д` )
こちらの神社には「要石」もありました。謂われを見ると、鹿島神宮の要石と陰陽を為し云々、鹿島神宮の石が大鯰の頭を抑え、此方のが尾を抑えているそうです。要石と言うと、有名なのは鹿島神宮と香取神宮のものですが、こちらの神社にもあったのですね。形は香取神宮のものと一緒で凸型です。
此方は以前参拝した鹿島神宮の要石(上)と、香取神宮の要石(下)
参拝を終え、御朱印をいただきに社務所へ。此方の宮司さんは、鴨大神御子神主玉神社も兼務しており、そちらの御朱印も頂きたい旨を伝えると、快く書いて頂けました。ただ、あらかじめ言っていなかったので、御朱印を取りに自宅へご足労願ってしまいました(^_^;)
今度は是非とも山桜の咲き誇る季節に伺いたいと思います!
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