2013年11月3日日曜日

ふらり、神社巡り一日目~出雲編~

アニバーサリー休暇で四日ほどの休みを頂いたので、ふらっと遠くに行ってみようと


ということで、三日間で島根、京都、三重に行って参りました∑(゚Д゚)

もうね、若くないんですけどね、まだ気力のある内に色々行っとこうと、行く前には意気込んでいたんですけどね(-_-)

兎に角行って見ましょう!先ずは茨城から一路島根県へと向かいます!!え、何で?勿論車ですよ( ̄Д ̄)ノ
因みに茨城から島根まで、凡そ950km∑(゚Д゚)高速をノンストップで行っても12時間だそうです…
今年は二月に京都、七月に三重に行きましたが、どちらも650km。今回は更に300kmと言う未知の領域に、君は生き残ることが出来るか?と何処かで聞いたナレーションが脳内再生されてしまう感じです

で、今年三度目の常磐道→首都高→東名→伊勢湾岸道→東名阪と、そこそこ快調にドライブして行きます。京都に入って名阪から中国道と、初めての道を抜けて行き、ノンストップで島根まで行けるかなぁと思ったものの、夜空が白み始めてきた頃に気力体力ともに尽き果て、米子自動車道手前辺りのPAで二時間ほど仮眠の後、一気に米子自動車道を抜け島根県に突入です!!

朝から開いてるお風呂屋さんがあるということで、玉造温泉で一風呂浴びて心機一転、車を走らせます。後で知りましたが、玉造温泉は随分と有名な温泉だったようで、三種の神器の一つである八尺瓊勾玉が作られた場所であると言われており、もっとゆっくり散策すれば良かったなぁ(´Д` )

さて、島根まで来てどこに行くのかと言えば、「出雲大社」です。すいません、普通です

「出雲大社(いずもたいしゃ)」は正式には『いずもおおやしろ』と呼びます。誰でも一度は聞いたことのある、神社の中でも飛び抜けて知名度の高い場所です。延喜式内名神大社、出雲國一宮、官幣退社、勅祭社になります

御祭神は「大国主命(おおくにぬしのみこと)」です

出雲大社は平成二十五年に六十年ぶりの遷宮が行われ、平成二十年から行われていた本殿の改修工事も終わったばかりです

出雲市に到着したのがお昼少し前、因みに日曜日。勢いだけで来ましたが、予想通り...

人だらけ!!!

しかも前日まで関東は20℃いかず、ひんやりとしていて、愈々秋本番かと思えば、まさかの30℃って(´Д` )

とまあ、ここまで来てぼやいても仕方がないので、参拝です

流石全国に分祠を持つ出雲大社の総本社、規模が大きいです

途中には大国主大神が幸魂奇魂の「おかげ」を授かる場面や、あまりにも有名な「因幡の白兎」の大きな銅像があります

かなり大きな手水舎ですが、既にキャパオーバーです

銅鳥居は毛利輝元の孫である長州藩二代藩主毛利綱広が寛文六年(1666)に寄進しています

銅鳥居を潜ると目の前には日本一の大注連縄を持つ拝殿です

巨大な注連縄ですね

神紋は「二重亀甲に剣花角」です。と、鳩さんが一休みしてます

拝殿裏手には「八足門(やつあしもん)」、その後方には御本殿が控えます

どうやら今年は御遷宮の年であり、本来正月五日間にしか開放されない本殿拝観が出来るようです。ちょっと一時間以上かかるようなので、今回は自分はパスしました。勿体無かったかな?

大社造の御本殿、立派ですね

現在の本殿は延享元年(1744)の建立で、高さは24mあります。しかし中世には48m、さらに昔には96mあったというから驚きです( ̄O ̄;)
此方の十九社(じゅうくしゃ)は、神無月に全国の神様が出雲大社に集まった際のお宿です

此処でも鳩さんがお休みです

この後御朱印を頂きましたが、矢張り行列。一之宮専用御朱印帳にだけ頂きました



本当は出雲蕎麦を食べたかったんですが、お昼ど真ん中で何処も行列だったので、おみやげ用を買って次の目的地へ


お次は松江市八雲町熊野の熊野大社です
「熊野大社(くまのたいしゃ)」は火の発祥の神社として「日本火出初之社(ひのもとひでぞめのやしろ)」と呼ばれています。出雲大社とともに出雲國一宮であり、延喜式内名神大社、国幣大社、意宇六社の一つでもあります

御祭神は「伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命(いざなぎのひまなご かぶろぎくまののおおかみ くしみけぬのみこと)」只管に長いです( ̄O ̄;)素戔嗚尊の別名と言われています
出雲大社と一転、静かな山間に鎮座します
意宇川が静かな流れが清浄な気分にしてくれます
随神門には立派な大注連縄



拝殿にも大注連縄が。やはりこのサイズは存在感が凄いです
神紋は「一重亀甲に大」
本殿は大社造りです
本殿横には素盞鳴尊の母神である伊弉冊尊を祀る伊邪那美神社、后神である奇稲田姫を祀る「稲田神社」が鎮座します
此方の「鑽火殿(さんかでん)」は鑽火祭の舞台となる場所です
鑽火祭は毎年十月十五日に、出雲大社の大宮司である出雲国造が自ら参向し、出雲大社で用いる神器「檜の臼(ヒノキノウス)」と「卯木の杵(ウツギノキネ)」を頂戴する神事です。まず出雲国造が神饌を供しますが、熊野大社の神人である亀太夫が神饌の出来栄えに苦情を申し立てるのだそうです。何だか面白い神事ですね
因みにこの「檜の臼」と「卯月の杵」で素盞鳴尊は火を鑽り出す方法を人々に教えたので「日本火出初之社」と讃えられているのだそうです
改修中なのが残念です

御朱印は社務所で頂けます
さて次の場所ですが、実はこの時点で取り敢えずの目標である出雲國一宮を回ってしまったので何も考えていなかったのは秘密です



一宮を回ったなら次は総社だと、向かうは六所神社です



「六所神社(ろくしょじんじゃ)」は松江市大草町にあります



御祭神は伊耶那岐命、伊耶那美命、天照皇大神、月夜見命、素盞嗚命、大己貴命の六柱です



当初は「佐久佐社(さくさのやしろ)」と呼ばれた延喜式内小社で、この時の御祭神は「青幡佐久佐比古命(あおはたさくさひこのみこと)」だったようです。この地に出雲国庁が置かれると出雲國総社となります。室町期に総社と六所の名称が併称されるようになり、明治維新に伴い御祭神の変更とともに「六所神社」に改称されたそうです。意宇六社の一つでもあります
社頭です
随神門です




この随神門、右大臣と左大臣の像が正面を向いておらず、向かい合うように配されています。初めて見る形態ですが、この辺りでは普通なのかな?

拝殿です
此方の注連縄も立派です
神紋は「二重亀甲に有」です

本殿は此方も大社造りです


瑞垣が無いため、開放感がある印象です
此方の境内社「町明神社」は、御祭神が「青幡佐久佐比古命」とありました。こちらに遷座したということなんでしょうかね?
神社裏側には国府跡が整備されて広がっています

御朱印は社務所で頂けます。が、この日は宮司さんが外出中で、書き置きのものを頂きました


続きましては六所神社からすぐ側の神魂神社です

「神魂神社(かもすじんじゃ)」は松江市大庭町に鎮座しています

御祭神は伊弉冊大神で、伊弉諾大神を合祀しています

社伝では天穂日命が天降られた際に創建したと伝わっていますが、延喜式神名帳や出雲国風土記に記載がないことから、平安時代中期以降の創建ではないかと言われてもいます

旧社格は県社で、意宇六社の一社です




社頭です




拝殿は石段すぐ側まで迫っています。と言うより逆光が・・・(_ _;)


神紋は「亀甲に有」です

本殿はこの日四度目の大社造



しかしこの神魂神社本殿、何と国宝です、凄い∑(゚Д゚)

何でも現存する最古の大社造だそうで、正平元年(1346)丙戌十一月の墨書きがあるそうです

本殿も凄いですが、此方の境内社「貴布禰稲荷両神神社」も二間社流造という他に類例のない珍しい形式であり、重要文化財に制定されているそうです

お狐さんのお姿も、凛々しく見えます

御朱印は社務所で頂けます


神魂神社を後にした段階で夕方四時過ぎ。疲れもあったので今日はこの辺で終えようと思い、次の日のために移動を開始しましたが、途中で思い出したように一路東へ!



と言う事で次の目的地である美保関にある美保神社へ


「美保神社(みほじんじゃ)」は松江市美保関に鎮座しています。延喜式内小社で、旧社格は国幣中社になります


御祭神は大国主大神の息子である事代主神と、大国主大神の后である三穂津姫命の二柱です。ここから近世には「大社だけでは片参り」と言われるようになり、出雲大社に参拝した人は当社にも参拝したそうです


また事代主神系えびす社の総本山でもあるそうです


着いたのは夕方六時。日中30℃近い気温になっても既に十月で、とっぷりと日が暮れてしまいました(゜o゜;


立派な随神門です


拝殿も大きく立派です


本殿は「美保造」や「比翼大社造」とも呼ばれるものですが、真っ暗で何も見えませんでした・・・(;_;)


神社前の港。此方は青柴垣神事の際の舞台になるんですよね。いつか見てみたいなぁ


社務所は参拝した時点で片付け作業中でしたが、御朱印をお願いすると笑顔で対応いただけました


次は日中に行きたいものです


この後、松江市から川を隔てた境港に行きましたが、「水木しげる記念館」は終わってました、当然か(TOT)う~ん、計画性・・・


最後に、水木しげるロードにあった「妖怪神社」で、今回は最後です


そしてまたまた続きます!!今回は一気に更新するぞ!!!