2014年6月13日金曜日

ふら~り、神社探訪 南房総編 その弐

最近仕事が忙しくて、中々更新が出来ず、申し訳ありませんm(_ _)m
さてさて、南房総の旅、続きです。

天津神明宮から次の目的地へ向かうため一路南へ向かっていると、途中にナビに難しい名前の神社があるのが目に入りました。
と言う事で千葉県南房総市沓見に鎮座の「莫越山神社(なこしやま)」神社のご紹介です。

御祭神は手置帆負命(たおきほおいのみこと)、彦狭知命(ひこさしりのみこと)を主祭神としています。配祀神として、彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと:瓊瓊杵尊と木花咲耶姫命の子)、豊玉姫命、鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと:神武天皇の父)を祀っています。

神社案内板を参考に御由緒を書きますと、創立は神武天皇元年。天富命が忌部氏を率いて安房国に来臨し、東方の開拓を行います。その際、随神として工匠の職に奉仕していた天小民命、御道命が、忌部の神である手置帆負命、彦狭知命を莫越山に祀り、先祖崇敬の範を示したのがはじまりとされています。主祭神である二柱の神様は工匠の祖神で、天太玉命に従い宮殿家屋機械器具類を作り始めた神様で、家の守護神でもあるそうです。
延喜式神名帳では安房國朝夷郡の式内小社として記されています。
旧社格は郷社です。

さて、神社です。

外房黒潮ラインである国道128号線と国道410号線のぶつかる辺りから、大きな鳥居を臨むことが出来ます。

一の鳥居です。
恐らくすぐ後に二の鳥居があったのでしょうが、残念ながら破損している状態です。
社号標です。

此方にも社号標ですね。

三の鳥居です。

古くはありますが、味のある石段です。

境内です。

手水舎です。

社殿前の立派な椎は御神木であり、子育ての「シイ」と呼ばれているそうです。

狛犬は新しいものですね。

狛犬の横に、此方も左右にあったのですが、何でしょう?何かを載せる場所なのか、それとも元々灯籠か何かが乗っていたのか?

拝殿です。

神紋は「五七の桐」ですね。

本殿は神明造です。

拝殿から繋がる此方は何でしょうか?

社殿向かって右手には「若宮神社」があります。

本殿に莫越山神社を創始した小民命、御道命を祀り、相殿に、稲荷神社、白鳥神社、琴比羅神社、八雲神社、山祇神社、宗像神社、猿田神社、石神社、白山神社を祀っています。

此方は神楽殿かな?


さて、御朱印は本来、神社そばの宮司さんのお宅で頂けるのですが、残念ながらこの日は不在でした。事前に宮司さんがご在宅の日を聞いておくのがいいかと思います。


莫越山神社を後にして、再び国道128号線で西へ向かい館山市へと入ります。

と言う事で、千葉県館山市八幡に鎮座する「鶴谷八幡宮(つるがやはちまんぐう)」のご紹介です。

御祭神は他の八幡宮と同じく、品陀和気命(ほんだわけのみこと)、帯中津彦命(たらしなかつひこのみこと)、息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)の三柱になります。

頂いた御由緒書を参考に御由緒を書いていくと、創建は平安時代初期、安房國の総社として国府の地に創建されました。当初は現在の鎮座地とは違う場所に創建されていたようです。
時代が下り、源頼朝が鎌倉幕府を開き、諸国へ守護地頭を置くことで、国司の権勢が衰え、総社への崇敬も衰微していきます。その一方で、源氏は八幡大神を氏神として崇敬したので、祭神の中の八幡大神が特に崇敬されるようになり、総社が改変されて八幡宮となり、鎮座地も現在地へと遷されたということです。
その後は領主の里見氏や鎌倉管領、古河公方等の厚い崇敬を受けていき、徳川幕府も里見氏と同じく社領の寄進を行っています。
明治六年には郷社に列します。大正十二年の関東大震災では本殿の倒壊は免れたものの、拝殿や幣殿は倒壊してしまいます。昭和七年には以前と同じ規模で復元され、昭和十五年には県社に列します。
昭和五十一年、本殿の改修と、名称を鶴谷八幡宮と改め今日に至っています。

さて、神社です。

鎮座地は国道127号線に面して、大きい鳥居があるのですぐにわかるかと思います。

一の鳥居である大鳥居です。

社号標です。

広くきれいな参道には日清・日露戦争の記念碑や忠魂塔などが並びます。
二の鳥居です。

手水舎です。

その後ろには年代物のポンプがありますね。

狛犬です。

この狛犬さんも随分古いもので、文政三年(1820)奉納になります。

丸っこくて、可愛らしいフォルムです。
御神木ですね。

拝殿です。

再建は前述の通り昭和七年になります。

扁額です。

神紋は「五七の桐」ですかね。

凄いのは拝殿の向拝の格子天井に、「百態の龍」と言う彫刻が嵌めこまれているんです(^^)/

これは幕末から明治にかけて活躍した安房を代表する彫刻師、後藤義光の作だそうです。

完成は慶応二年で、周囲の木鼻の獅子や象もこの時の義光が作ったようです。

本殿です。

現在の本殿は享保五年(1721)に造営されています。

社殿向かって左手には若宮八幡社があります。

御祭神は仁徳天皇になります。

社殿向かって右手には神社の御輿を納めるための「御仮屋(おかりや)」があります。

鶴谷八幡宮の例大祭は、国司祭を継承したものと伝えられており、千年の歴史があるそうです。例大祭の時には安房神社を始め、洲宮神社、下館松原神社、手力雄神社、山宮神社、山萩神社、莫越山神社、木幡神社、高皇産霊神社、子安神社の合わせて十社の神輿がこの御仮屋に御出祭するのだそうです。

此方は安房神社遥拝殿です。

例大祭の時、安房神社の神輿は御仮屋ではなく、此方に入るんだそうです。



御朱印は社務所で頂けます。社務所に人がいない時には、神社隣りの宮司さん宅で頂けるようです。


今回はここまでです。更新が遅くて申し訳無いですが、まだ続きますので、よろしければまたお付き合い下さいm(_ _)m