茨城県常陸太田市白羽町に鎮座する天志良波神社(あめのしらはじんじゃ)のご紹介です
此方は延喜式神名帳に記された常陸國久慈郡七座の中の式内小社で、旧社格は郷社です
御祭神は天白羽命(あめのしらはのみこと)になります。『古事記』・『日本書紀』に記述はありませんが、『古語拾遺』によると、天照大御神が天岩屋に隠れた時、麻を植えて青和幣(麻製の幣)を作った神様とされています。また、父神である天日鷲命はこの時に白和幣(木綿製の幣)を作り、弟神である武葉槌命は天白羽命と共に青和幣を作ったと伝わります。この三柱の神様とも、織物に関連する神様と伝わっているようです
ちなみに天日鷲命は以前に紹介した那珂市の『鷲神社』の御祭神であり、武葉槌命は日立市の『大甕倭文神社』や那珂市の『静神社』の御祭神になります。こちらの神社からそう遠くない地域に同じ一族である織物の神様の社があり、更に此処からすぐの所に、同じ式内社である『長幡部神社』が鎮座しますが、此方も織物の神様になります。この地域の事は別の機会にまとめてみたいと思います
当社の創建の年代は不詳ですが、一説には延暦十四年(795)坂上田村麻呂が東征の時、途中この地に留まった折り、夢想の告を蒙り、白羽の矢一双を賜ったので社を建てて祀ったという伝説もあるようです
さて、神社です
国道349号線から県道37号へ入り、白羽運動公園方面へ向かい、さらに細い路地へ入り、運動公園の南側に神社は鎮座しています。道沿いに案内板がありますが結構分かり辛いです(^_^;)当然僕は思い切りスルーしましたよ( ´ ▽ ` )ノ
入口の案内板はこんな感じです。車で参拝の場合、駐車場は細い路地を進んだ先、鳥居を迂回するように裏手へ進んだ所にあります。道はかなり細いですので、気をつけて行くのが吉です
ちなみに参拝した時には午後三時ぐらいでしたが、すでに気温は氷点下でしたヽ(´o`;
社頭です
鳥居は珍しい黄色です
鳥居の足元には鯉の置物がありました
社号標です
鳥居の先で参道は鉤状に曲がります
社殿へ向かう石段です。結構急ですね
石段を登るとちょっとした空間になっており、手水舎と境内社があります
手水舎です
境内社のある一角はお焚き上げをやっているからか区切られています
石段は続きます
石段が終わった先は竹林に囲まれるように拝殿の鎮座する空間が広がります
拝殿です
扁額です
神紋は「三つ葉葵」です
本殿です
社殿は天文十三年(1544)に佐竹義篤が修営遷宮式を行い、享保十二年(1727)に水戸藩主徳川宗堯が修営の記録があります
小さくも、細かな装飾が施されています
境内は山を拓いたのか、本殿裏手は山が迫っています
境内社はいくつかあるのですが、何社であるかはわかりませんでした
境内社に限らず、境内のものには紙で作られた箱が置かれていました
御朱印は石段横にある宮司さんのご自宅で頂けます
まだ三が日で忙しいのに笑顔で対応して頂けました
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